日置
4月2日
簗場まで移動。十八切符があと一回分しかない。帰りの分もほしくて立川で金券屋を捜すが見つからず残念。
4月3日
簗場5:00―大谷原6:30―天狗尾根取付き8:40―天狗の鼻16:30
夜明け前に出発。スキー場はもうほとんど営業していないらしい、雪がまだらに残る斜面を一直線に登っていく。速い。
大谷原で地図を見ると、道は大川沢の左岸についていて、橋を渡って行くことになっている。だけど橋は遥か昔に落ちてしまっているようだし、一生懸命左岸を見ても道らしい道はない。仕方なく川原を歩いているとなんと右岸にりっぱな道があるではないか。ルート図も見てみると、なんだちゃんと描いてあるじゃないか。
荒沢はちょうどスノーブリッチが落ち終わった感じで雪のゴルジュになっていた。渡渉の度に2メートルの雪壁を登らねばならず面倒くさい。オーバーハングしている雪は腰まで削ってよじ登った。
下部の樹林帯は藪が少なく、前回の白沢天狗尾根と違ってすっきりしている。トレースはあったけれど、樹林帯を越えたらなくなってしまった。
第一クーロワールは短いが雪崩のあとがいっぱい。さっさと登っていき、最後の乗っ越しは木によじ登り、ピッケルを振り回して突破した。
第二クーロワールはただの雪壁登りだったが長くて疲れる。シュルントが開き始めているが、最近降った雪ですべて隠れてしまっていた。よく見ると雪面に筋が通っているので注意していれば踏みぬくことはない。
特にラッセルがあったわけではないのに、予定より大幅に遅れて天狗の鼻に到着した。広い尾根で眺めも最高。下を見るとトレースが尾根に続いている。自分一人でつけたと思うとなかなかいい気分だ。ちょっと風が吹いたら怖いかなと思ったけれど天気は快晴、静かにゆっくり眠れた。
4月4日
天狗の鼻6:00―鹿島槍ヶ岳北峰11:30―冷池山荘15:20
昨日ほどではないがよく晴れている。今日は上部の岩場が核心になるか。Ⅲ級というけれど、雪山の岩グレードほどあてにならないものはない。今回用意したのは20メートルのロープ一本のみ。自分の性格からして、フリーソロができなければロープがあっても一人では取り付かない、また、フリーソロで登れるならそのままフリーソロで行ってしまうと思ったからだ。20メートルはお守り程度のつもりであった。
やせ尾根を進み、いくつか雪壁を越えて岩の下までやってきた。さてどう登ろうか、正面は意外と傾斜があるぞ、高さはないけどはっきり言って取付きたくない。あちこち眺めていると右から回りこんだ辺りは傾斜がゆるそう、でもそこまでのトラバースがちょっと不安かな。落ちたらそのまま谷底に落ちてしまいそうで怖いので、ロープを出すことにした。
潅木から支点をとり、右へトラバースして凹角を登る。なんだ、凹角に入っちゃえば楽勝じゃん。中間支点はとらず、邪魔なロープもすべて出してしまった。岩角で支点を作って下降しリュックを回収した。ロープはぎりぎりまで伸びていた。登攀に使うにしては20メートルはあまりにも短い。それによく考えたらここまで上がってきてちょっと怖いから帰ろうはできんだろう。下降だって楽ではないのだ、やはりそれなりの覚悟と装備を用意して登る必要がある。中途半端はよくない。
さて、これで核心は突破したなと思ったらもう一つ岩が出てきた。今度のほうが小さいし、さっき余裕で登れたので荷物をしょったまま直接取付いてしまった。最後の乗越しに踏ん切りがつかず暫くせみになったが、一生そこにいるわけにもいかないのでピッケルにしがみついてなんとか登りきった。
岩登りに夢中で気がつかなかったが、いつの間にか雲行きが怪しくなってきていた。あっという間にガスに巻かれてしまう。特別濃いわけではないけれど、雪しかない稜線では何も見えないのと同じ、どこまで雪でどこから空か全然わからん。雪屁に注意して進む。晴れていればすぐそこに頂上が見えているはずなのに、次から次へと雪壁が現れる。また岩場を越えるのにだいぶ疲れてしまったようで力が出ない。技術的には決して難しいものではなかったけれど、やっぱり一人というプレッシャーが大きかったのかもしれない。
頂上には標識も見当たらず、なんだここかといった感じで到着。天気は相変わらずで谷から霙が吹き上げてきている。まず登山道を探そう、これかな、地図を見てみよう、うん間違いない、とりあえず降りよう。
計画ではこのあと五竜岳まで縦走だった。分岐でキレット方面に数歩踏み出したが、天気も荒れてきてしまったし、登山道も消滅している。天狗尾根を登りきってもう怖いのはいやだというのが正直なところだった。やーめた、ちょっと時間はかかるけど冷池山荘に方向を変えた。
南峰までの登山道も9割方消えており、視界の悪い中を進む。眼鏡が凍り付いて見えなくなってしまった。取ってみたらレンズにもフレームにも蝦の尻尾がびっしり、こりゃ見えんわ。気がつくと全身氷まみれ、登攀具は天麩羅みたいになっていた。南峰を越えれば楽になるかと思ったが、霙に叩かれて目が開けられない。左向け左、カニ歩き、後ろ歩きで嫌々歩く。
冷池小屋に到着。他には誰もいない。ラジオをつけてみるが、妨害電波でも出ているのか、FM、AMとも聞こえない。
4月5日
冷池山荘6:15―西沢出合10:00―大谷原11:00―簗場12:15
朝、山はまだ雲の中だが薄くなってきている。何か苦手な赤岩尾根に向けて出発。
天気は回復してきているようだが視界はあまりよくない。前回と同じように尾根より左に下りてきてしまった。ふかふか雪が膝まで積もっていたが、この前のようにずるずるはしていない、大トラバースを決行し赤岩尾根に移る。しかしこの部分はいったいどう下りるのが正解なのだろうか、上から雪壁を直接下りてくるのも怖い気がするし。
前回西沢に下りて非常に時間を短縮できたのだが、吹き溜まりには結構雪がたまっているし、雪質が一定でなく嫌な感じがしたので今回はやめにした。谷筋はどうか知らないが、高千穂平を過ぎてから雪は最悪を極めていた。二段重ねの弱層で足を置く度にずるずるすべる。急斜面で尻餅をついたら足元の雪がそのままずるずると崩れていった。
簗場には昼過ぎに到着。自動販売機にウルトラサイダーを発見。地球防衛軍としてはこいつを飲まないわけにはいくまい。しかしその隣に500mlで120円のレモンスカッシュがあるではないか。ああ、なんてことだ、私は一体どうしたら良いのか、こんな誘惑に負けてはならない、耐えるのだ、耐えてウルトラサイダーのボタンを押すのだ。結局見栄も体裁もすべて捨ててレモンスカッシュを買ってしまった。確かにお得ではあったけれど、自身の意思の弱さを痛感した。たった半日の荒天で計画を変えてしまった山登りも同じである。いったいいつになったら五竜岳にたどりつけるのだろう。