去年谷川に連れて行った台湾の友人から、年末に再び連絡があった。日本の冬山に登りたい、できればアルパインルートがよいと。それじゃあ来たらいい、どうせ暇だからどこでも連れて行ってやると答えた。最初は一人か二人と言っていたのだが、出発が近づくにつれ二人、三人と増えていき、最後には四人になってしまった。俺一人でそんなたくさん連れて登れるかい、結局二回に分けて来てもらうことになった。
一回目、赤岳西壁主稜 1月26日~28日 日置、他一名
26日 美濃戸―行者小屋
高速バスで茅野まで行くが、バスを降りた後茅野駅までの道を間違えて美濃戸口行きのバスに乗り遅れてしまった。三時間ばかり待つことになってしまったが、幸い美濃戸口から軽トラに乗せてもらうことができ、何とか日がくれる前に行者小屋に到着できた。よい天気だが夜はなかなか冷える。蔡英国はだいぶ堪えたようだ。
27日 赤岳主稜登攀の後、南沢小滝下に移動
雲ひとつない快晴。赤岳主稜にしようか阿弥陀岳北稜にしようか迷っていたが、蔡英国は雪山も初めてではないようだし、せっかくなので赤岳主稜に決めた。
先行パーティーは一組、最初の二ピッチは日置がリードするが、後はツルベで登っていき、問題なく赤岳山頂に到着。富士山から北アルプスまでしっかり見渡せ、蔡英国大興奮。平日なのに稜線では何人か歩いている人にすれ違った。
稜線は風が吹いていて少し寒かったが、行者小屋に下りてくると昼寝をしたくなるくらいに暖か。まだ時間が早いので南沢の小滝下に移動し、少し登ってみようかと思ったが、氷はぐずぐずで水が雨のように滴っているのでやっぱりやめた。
28日 南沢小滝で遊んで下山
夜が明けてからテントから出る。前日に引き続きこの日も暖かい。氷はやっぱりぐずぐず。リードする気にもなれず回り込んでトップロープを張って遊ぶ。帰りにまた山道具屋に行きたいと言うので早めに切り上げて下山、上のほうは雪が降っていたが美濃戸からは雨になった。
二回目、阿弥陀岳北稜 2月3日~5日 日置、他三名
3日 美濃戸口―行者小屋
今度は遅れることなく美濃戸口行きのバスに乗ることができた。麓では天気がよかったのに、山の上は雪が降っていて寒い。行者小屋には我々の他農大山岳部がテントを張っていた。
4日 阿弥陀岳北稜登攀の後南沢小滝下へ移動
夜が明けてから出発。昨日の雪でトレースは完全に消失し、登山道を外れるとすぐにラッセルとなる。腰から胸とかなり深い。もともとたいした岩場もない北稜、せっかく日本まで来てもらったのだし、ここで彼らにもしっかり頑張ってもらう。
岩の取付きに到着すると、ロープを一本忘れてきてしまったことが判明。林政翰はデナリに登っていると言うので、一ピッチ目は林政翰と李政忠で登ってもらい、日置と林昆民は左の雪壁をから巻き、一ピッチ目の終了点で待つことにした。下から二人が上がってきて、どうも問題なさそうなので、二ピッチ目はセカンド数珠繋ぎで三人で登ってもらった。
阿弥陀岳山頂に到着。ガスが晴れてきていたのでツエルトを被って待っていると、八ヶ岳山塊はとりあえず晴れて何とか富士山まで見えるようになった。ここ数日しっかり降って見事な雪景色、台湾では見られない風景に一同大喜び。
昼過ぎには行者小屋に戻って暫くくつろぎ、南沢の小滝下に移動。氷瀑を見上げ、明日は腕が麻痺するまで登るぞとやる気まんまん。この日は夜十一時ころまで起きていた。いつもの飯食って夜七時消灯とはえらい違いだ。
5日 南沢小滝で遊んだ後に下山
夜が明けてからテントを出る。小滝へ行くと先に二人パーティーが準備をしていた。まずは左の簡単なところを登ってから、右にもトップロープを張ってツララミックスな所を登ってもらう。全員フリークライミングはそれなりに登っているのでなかなか上手い。特に林昆民は次は何時登れるかわからんからとか言って貪欲に何度も登っている。
ちょうど疲れてきたところでいい時間、片付けて下山した。
林昆民と李政忠は谷川に続いて二度目の日本。日本の山は意外と手軽でなかなか楽しいと気づいてしまったようで、雪山装備も大量に買い込み、四月にまた来ると言って帰っていった。ピッケルの使い方なんかを見ているとやっぱり不器用だけれど、今度の山行で少しは雪山の登り方がわかったのではないか。もちろん私も一緒に登りたいが、自分達だけでも雪の山を自由に登れるだけの実力をつけてほしいと思う。
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