2009年12月12日(土)~13日(日) 前夜発1泊2日
メンバー:CL妹尾、SL日置
この春から秋にかけて平日のジムトレ、体力トレ、外岩のフリー、中国遠征と
少しずつ心技体や経験を磨き、11月下旬から富士山の雪訓、三ツ峠での
アイゼントレを経て、いよいよあの壁に挑む時が来た。
ほんの10ヶ月程度前、ただただ見上げるしか出来なかったあの冬壁・・・
八ヶ岳・大同心正面壁雲稜ルート。
今の実力ではナカナカ難しいと思うが、これ以上ウダウダしてもなにも
始まらないと感じ、一孝サンという頼もしいパートナーを得て、登って
きました。結果は…やはり厳しいものでした。
11日 18:30富士見町~21:30美濃戸口~(12日)1:30赤岳鉱泉
今の実力を考えると、本気で雲稜ルートに挑んでもその日のうちに
美濃戸まで下りる事が不可能なのは明白で、前夜発で土曜に登り日曜に
余裕を持って下山と計画した。
金曜日は生憎の雨で気温も低い中、午前中は冷雨の中で野外作業の
バイトをこなし、勤務先主任の先生に土下座して(笑)なんとか午後を休みに
して頂き、休む暇なく雨の中自転車で自宅に戻り、慌しく食事と着替えを
済まして一路八ヶ岳へ。
一孝サンは余裕を持って先に赤岳鉱泉に入っているので、妹尾も後を
追いかけて富士見町から歩く。最初の1時間は小雨が降っていたが、
次第に止み夜道を黙々歩く。暗闇の中を独り歩いていると、不安と畏怖
ばかりが頭を駆け巡る。
”あの圧倒的な壁を、果たして登れるのか?
そもそも自分に挑む資格はあるのか?…”
考えても仕方の無いことを延々考える。冬山はいつもこのアプローチの
時間が憂鬱で仕方ない。
12日 5:00赤岳鉱泉~7:00大同心雲稜取付~
16:30大同心の頭~19:00大同心南稜基部~20:00赤岳鉱泉
深夜に赤岳鉱泉に到着。テントが1~2張見えるがどれが一孝サンのもの
だろう?とにかく早く仮眠をしよう。ほんの1時間半ほどの仮眠だったが、
1時間半の大休憩と思えばヨシとしよう。
5:00に赤岳鉱泉前にいくと、いつもの笑顔が待っていてくれた。
3人パーティが同じように出発準備していたので一瞬、僕等と同じか?と
緊張したが(笑)、違ったようだ。赤岳鉱泉から大同心沢・大同心稜を黙々
歩く。前日の降雪で少しラッセルするが良いウォーミングアップだ。
大同心稜手前で小休憩し、いよいよ大同心が目の前に聳える。天候は
ガスが出てきて、先ほどの快晴から視界が悪い、が風は無く絶好の
アタック日和…ということにしよう。さあ、楽しい時間の始まりだ。
1P(Ⅳ級・A1):妹尾リード。直登は出だしが悪いので、一孝サンの
アドバイスに従い、一度左へ迂回、最初のフリー数メートルも
なかなか緊張する。そこからアブミでさらに直登。アイゼントレが
少し役立ち、特に問題なく突破する。フォローの一孝サンも
スムーズに登るが、二人合わせてこのピッチ1時間半。やはり
エイドは時間がかかる。
2P(Ⅳ級・A1):日置リード。右上に支点が見えて易しそうだが、
一孝サンは男気を見せて、ボロい支点のラダーが続く左手の
オリジナルラインを行く。垂壁からの乗越で支点が雪で
埋まってか見えづらそうだが、力強く突破。垂壁以降の傾斜が
落ちる部分はアブミも楽チン。
3P(Ⅳ級):妹尾リード。ハンガーボルトが所々あるラインを右上する。
傾斜もそこそこあり、ホールド・スタンスとも豊富だがかなり悪い。
最初の右へのトラバースのフリーは高度感もあり、かなり
緊張するが、時節A0しながら思い切って突破、しかし核心は
ここから数手。雪を払いホールドを掘るがどれも悪く、支点も
3mほどないので、この状態だとかなりランナウトな感じがした。
ドラツーで3手ほど行き、最後の2手ほど悪いスローパーに耐えて
次の支点にたどり着いた時はアドレナリン全開状態(笑)。
フォローの一孝サンが悪態をつく、ナンダ?と思ったら、
ハンガーが抜けたらしい(!)。それはさっき、僕が何の疑いも無く
A0したボルトだった…。下向きへの荷重は問題なかったが、
正直あそこで抜けたらヤバカッた。どうもボルトのナットが緩んで
いるらしい。近々いかれる方はご注意クダサイ。
4P(Ⅲ級):日置リード。少し左を回り込むようにして右上のピナクルを
目指す。が、途中からやはり悪そうで、ライン取りも判りづらそうで
奮闘しているようだ、少しビレイも緊張したが、絶妙な場所で
ピッチを切り、残りを妹尾がリード。続けてピッチを延ばす。
5P(Ⅳ級・A0):妹尾リード。正面の凹角を直登するが、傾斜もあって、
A0どころか普通にA1で突破、本来ならA0のピッチなので、
エイドとフリーのミックスで、これまでのピッチ同様やはり悪い。
6P(Ⅲ級):日置リード。ドーム基部までのトラバース。このピッチが
ルート中、唯一”Ⅲ級”らしいⅢ級のピッチだった。一箇所、岩を
抱えてトラバースする場所があるが、慎重に行けば剥がれるんじゃ
ないか?というほど突起したこの壁特有のホールドが無数にあり
問題なし。
7P(Ⅳ級・A1):妹尾リード。スタート時点で15:00。ギリギリの時間だが、
今までのペースで行けば、何とか行けそう…と判断したが、結果的に
この判断は良くなかった。風が強くなり、アブミが宙を踊る。しかし、
登攀スピードは1P目とさして変わらず、苦戦しつつも順調に進む。
このピッチ最初の核心は後半出だし、カンテに出たあたりで
ハーケンが3枚同じ箇所に打ち込んでいる箇所だった。ボロボロの
細引きが垂れており、とてもアブミはかけられない。そっと慎重に
A0すると、ブチッ!!と切れ、一瞬だが完全にノーハンド状態。
幸いにも結び目が引っかかり、バランスは崩さなかったが冷や汗。
普通のシュリンゲではハーケンに通すことはできても、ハーケンの
間隔が狭すぎて指が入らず、引き抜けない。ヤバイ・・・。
そこで閃く!今回、まず使わないだろうと思いつつ、何となく
持ってきた、ナッツセットに付いているナッツキー!これでシュリンゲを
ハーケンの間からかきだし、突破する。ナッツキーがなければと思うと
ゾッとした…。
そしてあとアブミ一回の掛けかえでトップアウト…というところで最後の、
そして最大の核心が出てくる。どう見ても、次の最後のシュリンゲまで
遠い。アブミの最上段に立ちこんでも全く届く気がしない!この数手は
フリーなのか?しかし、傾斜は垂直でホールドもガバは無い、なにより
もし落ちたら、静荷重をかけているこのハーケンは多分耐えられない
だろう、考えただけでも恐ろしい。そこから、新たにハーケンを打てる
クラックや、ナッツ、岩角にシュリンゲ等、自分の今もっている
エイド技術全てを試すが、すべて頼りなさ過ぎなものだった。
30分近く奮闘しただろうか、そろそろ体力もヤバくなり始めて、途方に
暮れかけた時、最後のシュリンゲを覗き込んでようやく気づいた。
最後のシュリンゲは本来なら風にたなびきながらも真下に向いて
いるはずなのだが、なにかおかしい。そう、この厳しい強風に吹き
続けられて、ハーケンから真横に向いて岩に氷着しているのだ!
岩から剥がせれば何とか届く!急いでバイルを取り、アブミの
最上段に再び立ちこむ。風に煽られ、体もバイルも揺られて上手く
シュリンゲに届かない。思い切って、フィフィを外して右手を甘い
ホールドで耐え、再び立ちこむ。頼む!届いてくれ!
右手は長くは持たない。
こんなヤバい状況なのに、ふとある想いが頭をよぎる…。
俺はなんて弱いんだろう、小さいんだろう…と。
もしかしたら、これは大同心からの罰なのかもしれない…と。
自分の弱さに目を背けて、強さだけをガムシャラに追いかけたこと、
それ以外のことが見えなくて、いろんな人に心配をかけたこと、
周りの優しさに背を向けてしまったこと…。これがきっと、
今の自分に対する大同心からの答えなのだろう。
『小さきヤツよ、驕るな。』…と。
認めるよ、わかったよ。ここまで残酷に見せつけられたら、もう
認めるしかないだろう。自分がクズみたいに弱いことを。だから頼む、
この一手だけは届かせてくれ、一孝サンの元に帰らせてくれ。
3回目ぐらいのトライだろうか、なんとかシュリンゲにバイルの先が
微かに引っかかる。外れないようにそっと引く。バリバリと剥がれ、
風の中でシュリンゲが勢いよく踊った。よし!届く!
素早くアブミを掛けて何とかトップアウトし、感動もクソも無い状況で
急いで懸垂下降のセットをして、下降。しかし、下降中のギヤの回収も
強風で困難を極める。カンテまでは問題ないが、このピッチの下部は
カンテの左側(風上側)なので、風に煽られてなかなかそちらにいけない。
一孝サンにロープ末端を固定してもらい、何とか回収・下降した。
予想通り、一孝サンが疲れた様子で待っていた。この荒天の中、1時間以上
待たされていたのだから当然だ、本当に申し訳ない。こういう状況に限って
風に煽られてロープが絡んだのか、ロープスタック。一度は本気でロープの
切断を考えたが、角度を変えて引っ張り、なんとか回収に成功する。
視界も悪く、日も暮れてきたので、稜線は危険だろうとの一孝サンの判断で、
先週一孝サンが下った大同心ルンゼを下ることにする。
先週下ったこともあり、下降支点は一孝サンが難なく見つけ、3ピッチの
懸垂下降の末、大同心南稜の基部に着く。この頃にはだいぶ風も収まり、
ホッとしながらヘトヘトで大同心稜を下り、テン場へ戻った。
13日 12:00赤岳鉱泉~14:30美濃戸口~16:00JR富士見町駅
朝、7:00にギヤ整理を一孝サンと約束したが、体も頭も空っぽで、ギリギリ
まで起きられず、一孝サンのテントまで行くと、一孝サンも朝飯中(笑)。
ギヤを一通り整理して、テントに戻り朝飯を食べ、テントを撤収する前に
もう少し仮眠しようかなと…。結局、外は快晴のクセにグダグダして12時に
出発。一孝サンはバスの時間があるので申し訳ないが先に下山して
もらった。ポカポカ陽気の中、多くの入山者に踏み固められて、氷のように
硬い登山道ではプラブーツは良く滑る。2~3回尻もちつきながら、
自分の不甲斐なさに苦笑いし、ヨタヨタ歩く。
帰りも富士見町までの5~6時間を見込んでいたが、あと1時間位の
ところで、通りすがりのオジサンに声を掛けられ、車で送って頂く。聞けば
元ワンゲルらしく、ヨロヨロ歩く後姿を哀れんで声を掛けたとのコト。
歩荷訓練としてはいるが、正直かなり嬉しかった。こんな人たちの支えで
自分は辛うじて登らせてもらっているのだとしみじみ。いろいろなことを
思い出させて貰った山行でした。
【総括】
まずは兎にも角にも、パートナーの一孝サンに感謝したい。妹尾の
クソッたれな判断で、随分迷惑を掛けてしまった。特に下降は一孝サンの
判断が無ければかなりヤバかったろう。過去の記録を読み、かなり
時間的にもギリギリなのは最初から予想していて、ビバーク装備は一式
持ってたが、それにしても最終ピッチは、結果的にであっても回避すべき
だったろう。『夏は中国のビッグウォール・冬は大同心雲稜』という目標で、
日々トレーニングに励んでいたこともあり、意気込みすぎてしまった感は
否めない。トライすべきか、回避すべきか…、クライマーにとって常に
付きまとうこの究極的な問いに対し、常に一孝サンのように自然体で
臨める精神状態でいられることが当面の課題となるだろう。
結果的に、一孝サンには最終ピッチを登って頂けず、下降に手間取り
明らかに完登とは言えない内容だったが、全体の8割ぐらいまでは
冬壁・大同心と対等に向き合えたことは素直に喜びたい。
(無論、一孝サンの助けがあっての話ですが。)
赤岳鉱泉からの帰り際に振り向くと快晴の元、大同心が威風堂々と
佇んでいた。
『またの挑戦を待ってるヨ…。』
再びこの壁に挑戦する時は願わくば笑顔でパートナーとトップアウトしたい。
それまでにもっと強くなりたい。独りではなくみんなと。
皆様、こんな妹尾でありますが、お付き合い御願い致します。