管理ビンです。

魚じゃないよ、魚じゃ。 ま、嫌いじゃないけど。今回は奉仕の方です。クライミングとは何の関係もないけど、まあいいんです。このページは管理ビンの治外法権&職権乱用なページなので。
そもそも、事の発端はメールでした。
管理ビンの職場にバイトで来てた学生が被災してまして、震災数日後に家族共々、命は無事なのが確認できましたが、しばらく音信不通。ちょっと気になってメール。この時点でだいぶクライミング行けてなかったので、週末はAタルサンと御岳あたりに繰り出す気マンマン。
せ:『食いモンとか日用品はあんの?』 学:『最低限は配給されてます。』
(・・・そっか、物資はあるんだ。俺の出る幕じゃないね。)
後ろめたさを感じつつも、ヤマに行きたかったので、勝手に自分で言い訳してました。実際は”最低限”の物資ぐらいしか足りておらず、細かい日常用品や嗜好品は皆無に近い状態。しかし、学生からのメールの最後の一文に目が留まり・・・
・・・・・『風呂にはいりたいです。』
学生も特に意識して書いた訳ではないんでしょうが、妙に重く生々しい一言でした。自宅は全て津波に流され、命は助かったものの疲弊しきった顔が一度浮かぶともう頭から離れませんでした。決めた、見舞いに行ってやろう。
当初は個人的に、バスを使って土産もザックに入る程度を考えていましたが、職場に有給の申請をだすと、『カンパ募集のメールだせ』とか、『車で大量に届けろ』とか、話がドンドンでかくなってしまい・・・。みんな何かアクションを起こしたいと思ってる、でも家族とか仕事とか現地での問題とかあって、実際に行動を起こせる人は少ない、だから、起こした人に託す。普段は20~30kgのザックしか背負ってませんが、今回は何かとてつもないモン背負ったなという感じ。結局、車まで提供してもらいダンボール箱を何個も積んで一路気仙沼へ向かいました。こりゃ、何かミスって物資が届かなかったら八つ裂きですねェ。
今回、道の状態もよくわかんない片道500kmの旅の相棒は提供してもらったはじめて運転するプレマシー。とにかくどうなるか判らないけどよろしくな、『今、お前に命を吹き込んでやる!』
(直感で、このネタわかる方とはよいお酒が呑めそうです笑)
木曜夜に出発、途中都内で友人をピックアップ後、東北道をひたすら北上。同じく仙台でボラする友人を仙台でリリース後、再び車を走らせる。高速は平日深夜にもかかわらず、大型トラックで混雑。みんな被災地へ向かうのだろうか。しかし、特に渋滞もなく金曜朝6:00には気仙沼市・唐桑半島の避難先付近に到着。
内陸部は、一見倒壊など見られず震災地とわかりづらいが、海岸部に出ると様相は一変する。圧倒的な破壊と瓦礫の風景。TVで見るのと同じ光景なはずなのに全く違う。倒壊した元ローソンで待っていると、学生が親父さんと車で迎えに来てくれた。疲れているだろうに、精一杯の笑顔でご対面。とりあえず、避難先の倉庫へ。荷物を搬入し、早々と立ち去るつもりであったが、どうしてもと引き留められ、こんな状況なのに朝食を頂きながら色々話を伺う。地震直後にすぐ車で避難したこと。海岸沿いの道路は壊滅していて、お祖父さんは山越えで戻ってきたこと、陸前高田の親戚と未だ連絡がつかないが、もう諦めたこと・・・。被災していない人間には只々うなずくしか出来ませんでした。安っぽい共感など出来るはずもない。
その後、海岸部で彼らが経営するガソリンスタンド跡地まで案内してもらう。引っくり返ったり、移動したり、跡形もなかったり、元・集落の跡地が延々と続く中、かれらの住宅跡地に到着。ガソリンスタンドはなくなったけど、ポリタンクと手動ポンプでガソリンを販売し続けている、本当に強い。最後までこの珍妙な来客に精一杯の笑顔でもてなしてくれた彼らに逆に励まされました。
彼らと別れたあと、市内のボランティアセンターへ。職場からの支援物資輸送は終わったけど、それで帰るわけにもいかず、今日から3日間ボランティア。センターで登録し1日目は物資仕分け。高校の体育館で、個人や企業からの支援物資を避難先に配りやすいよう、箱からの開封・使えるかどうか選別仕分け・それぞれの置き場へ搬出・ピッキングして一世帯分ごとに袋にまとめる。こう書くと単純だが、現場の作業システムはまだ手探り状態で現場の人間がその都度話し合って進めている感じ。支援物資も、全国からの善意が感じられる一方、どんなつもりで送ったのか?というものもある。(震災地でモコモコな飾りのついたハイヒールとか誰が使うんだろ?) 自分が善意で送ったものが、相手に善意として伝わるにはもう少し考えてほしいとも思う。
2日目・3日目は個人宅の汚泥搬出作業。市内部も一見、被害は少ないように見えるが2m近く浸水し、道端は搬出した汚泥・瓦礫の山が延々と続く。2日目は海産物を扱う商店の搬出だったせいか、いたるところの汚泥にサンマやシャケ・マグロ、イカが埋まっている。生臭い腐臭がきつく、比較的汚物に耐性のある?管理ビンも、半日ぐらいで気分がちょっと・・・。
しかし、この汚泥を人力で搬出しないと、奥まで重機が入れず倒壊した建物や打ち上げられた車の撤去はできない。『ゼロから』出発することを目指して、今は地道にやっていくしか手はない。3日目も個人住宅で、床下に溜まった汚泥をかきだす作業。被災した人たちも忙しく作業に精を出す。だれも下を向く人はいない。そんなヒマもないのだろう。しかし、こんな状況でもなんと僕らボランティアに派遣先のご家族から昼飯が振舞われた。勿論、昼飯は各自持参が鉄則だし実際に持ってきたワケだが。地方出身の人間ならよくわかると思うが、田舎の人の『もてなしにかける情熱』はハンパない。2回断ったら、3回目は素直に制圧されましょう。それが礼儀。スイトン・オニギリウ・オデン・リンゴ・・・本当に上手く旨く美味い。ミシュランはこういうものにこそ五つ星をつけるべき。
昼飯を頂いたおかげで、作業もはかどり昼過ぎには撤収。本当は翌日帰るつもりだったが予定を早めて帰京。一関までは結構車で混雑する。みんな被災地からのUターンだろうか。日付が変わる直前にアパート到着。往復1000km運転は疲れました、チャンチャン。

【気仙沼ボランティア情報】 (4/1現在)
・一関~気仙沼までの道路は特に問題なし。海岸部はかなり荒れてますが一応普通車でも走れます。
・登録は市内ボランティアセンターで受け付けている。【所在地】
・登録は県外者でも飛び込みでもOK。そのときボランティア保険も加入させてくれる。
・センターに駐車場あり。その近くの空き地や公園も駐車場として開放されており
車中泊やテント泊可能(公園トイレ使用可能)。
・作業内容は高校体育館での物資仕分けか市内各所での汚泥搬出がメイン。
・毎朝8:00過ぎから受付を行い、その日要請が上がってきた作業に割り振られる。
・作業は9:00~16:00ぐらいまで。たまに早く終わることもアリ。
・市内ではようやく物流が回復してきており、ガソリンスタンドやスーパーも開店しておりますが、当然地元の方々の分で精一杯の量なので、必ず燃料・食料・水は持参してください。一関あたりならガソリン補給はたぶん大丈夫。今回管理ビンはガソリンタンクを職場から借りて行きました。
・物資の搬入は動きやすい服装で大丈夫ですが、汚泥の搬出はカッパ・防水の靴・ゴム手袋・マスク必須。場合によっては臭いのキツイ現場もあるのでがんばりましょう。
・4月下旬から物資仕分けの主力である地元高校生などは授業再開で少なくなります。週末でもいける方は是非。
TVで見ててもその壮絶さは容易に想像できたと思っていたし、それでも発生からすでに3週間経過し、少しづつ復興は進んでいると思っていました。でも、それは『傍観している人間』の考え方だと痛感しました。実際にその被害(特に沿岸部)を目の当たりにすると言葉はでません。そして発生してから『すでに3週間』ではなく『まだ3週間』なんです。今、被災地は『0からスタート』するためにマイナスの道のりを進んでいる状態です。現地で感じたことはとにかく、被災地は頑張ってます、進んでいます、上を向いてます、ということ。だからこそ、がんばっているにヒトに我々被災していないヒトが『がんばれ』なんて言えませんよ、ホント。『がんばれ! 東日本』ではなく、
『よくがんばった、東日本』
『もうがんばらなくてよいよ、東日本』
『あとは任せろ 東日本』
そんな器のデカイ支援が今後末永く必要であり、実現できればと思います。
ま、そんなこと言ったって、来週にはクライミングに復帰しちゃいますけどね。
それぞれが身の丈にあった支援をヨロシクデス。
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